透明と平等 時々嫉妬

複雑性をこよなく愛する女学生。米国留学中・フェミニストクラブに気ままに所属。高校時代南米長期留学経験有り。透明と平等を重要視した国際恋愛中。

恋人追いかけケルンへ② 落書きか、芸術なのか。

 

皆さま御機嫌よう。

 

今回は、ケルン市内の見えざる街並みを

お伝えするべくグラフィティ

 

スプレーやフェルトペンなどを使い、壁などに描かれた落書きのことである。

 

について書きたい。

 

これは、あくまでも私の印象であるが

ケルン市内の建物、シャッター、ゴミ箱等々に

グラフィティが書かれている気がする。

 

これは勿論、ケルンに限った話ではないだろう。

 

かの有名な、Banksy(バンクシー)さん

 

バンクシーBanksy, 生年月日未公表)は、イギリスのロンドンを中心に活動する覆面芸術家。社会風刺的グラフィティアート、ストリートアートを世界各地にゲリラ的に描くという手法を取る。

 

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なんかも、言ってみればグラフィティの一つですよね。

 

各国、地域によってどう規制するかという法律は

異なるとは思いますが、

これは、少し考えものかもしれない。

 

ケルン市内のグラフィティは

落書きとしか思えないものから、

一つの一大アートに見えるものもある。

 

道に迷っていた時、

こんな建物を見た時は、思わず立ち止まってしまいました。

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このレベルになると、どこかに委託して

ペインとしてもらったのかもしれませんね。

 

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こんなカラフルな柱たちも。

 

以前、チリのヴァルパライソという

グラフィティで溢れている街を

訪れた際も、その芸術的な街の雰囲気に

感動したのを覚えています。

 

ただ、どんなグラフィティは良くて

どんなものは悪いのだろうか。

 

正直なところ、

上に挙げたような芸術的なグラフィティに並んで

他人の所有物や

公共の物にただ

落書きをしたようなグラフィティも

ケルン市内には多く見受けられる。

 

その反面、勝手に描いたと思われるが

完成度が高く

単純に「素敵だな…」

と感じるグラフィティもある。

 

ただ、そのグラフィティを見て

他の人々が私と同じように感じるかは

その人の趣向次第

 

バンクシーさんのように

風刺的で、社会性に富んでいたら良いのか

 

単純に、上手だったら

それで良いのか。

 

わけのわからない

文字の羅列を見て

喜びを感じる人もいれば

怒りを感じる人もいるかもしれない。

 

カラフルでポップな

グラフィティで明るい気持ちになる人もいれば

胸をかき乱されるような人もいるかもしれない。

 

そんなことを言っていたら、

グラフィティに限る話ではなくなりますね。

 

また、グラフィティ自体を知らなかったり、グラフィティを芸術と認識しない人にとっては単なる落書きと変わらないため、景観保護の観点からライターや施設所有者が近隣住民と対立する場合がある。

 

 

こんなこともあるそうな。

 

まとまりのない流れになってきましたが、

私個人の(現時点での)意見としては、

 

①個人の自由を侵害しない程度に

個人の自由は尊重される

 

→所有者の許可はあるか?等

 

 

②自分の意志では変えることの出来ない

ことについての攻撃(表現)は

認められない

 

という2点がグラフィティ、

もしくは表現する際には

重要なのではないかと考えています。

 

稚拙な見解ですので、

何かご指摘、コメント

いただけたら幸いです。

 

御機嫌よう。