透明と平等 時々嫉妬

複雑性をこよなく愛する女学生。米国留学中。透明と平等を重要視した国際恋愛中。

恋人追いかけケルンへ⑤ パンツでお散歩した話2

 
 
御機嫌よう。
 
今日は、前回のお話の続きをしたいと思います。
↓過去の記事です。

 

transparentyflat.hatenablog.com

 

ズボンがないだけで、他はキメキメのカント(恋人・仮名)。

いつもはズボンで隠されている、ひょろひょろの脚。。。

 

可愛くもなんでもないパンツ丸出しの私。。。

 

そんな姿で、凡そ300人以上の人々がバーベキューをしたり

日光浴をする、hirosima nagasaki park を

歩くなんて私には恥ずかしすぎました。

 

こんな場所。夕暮れ時はもっと賑わいます。

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しかし、カントさん(恋人・仮名)は、いたって普段通り

 

むしろ、恥ずかしがる理由が本当に分からないご様子。

詳しく、訳を尋ねると…

 

「他にも、公園にはビキニや短パン一枚で過ごしている人いらっしゃいます。

しかも法には触れていない。」

とのこと。

 

確かに、曇りの日が多いケルンでは太陽がお目見えした際は

こぞって光を浴びようとする人々が多くいます。

 

しかし、そんな人の大半は

鍛え上げられた肉体美をここぞとばかりに披露。

何かが違うんです。

 

しかし、その何かが何か分からない。

そして、原理だけを考えた際、

確かに何が恥ずかしいのか分からないではありませんか。

 

いくら日本よりリベラル(?)なドイツとはいえ、

人々からの視線には耐えられず、眼鏡を外しお散歩しましたとさ。

(何も見えないと大丈夫)

 

~今回考えたこと~

 

 

第三者からの視線の威力

ズボンがないというだけで、普段では考えられない程の視線を集めた。

何か、社会的”基準””ふつう”とされていることから

少し逸脱するだけで凄いアテンションを集めてしまう。

そんな好奇の視線に晒されたくなくても

晒される生活がある人も多くいることだろう。選択なしに。

 

 

ズボンという、布の威力

元々、ズボンは防寒対策や

何かから身を守るために生まれたのではないのだろうか。

ただ、その本来の目的以上に、ズボンが人間の心理にもたらす

影響力は大きいかもしれない。

 

以上。

 

カントさん。面白いお散歩をありがとうございます。

 

~こぼれ話~

帰り道、喫茶店でお茶するマダムは我々を見て

「あら、ニュートレンドかしら♫」

と一言。

 

好きです。そういう言葉。

 

御機嫌よう。