透明と平等 時々嫉妬

複雑性をこよなく愛する女学生。米国留学中・フェミニストクラブに気ままに所属。高校時代南米長期留学経験有り。透明と平等を重要視した国際恋愛中。

”普通”を嫌っていた日々。”普通”が恋しいこの頃。

御機嫌よう。

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以前、某米国コーヒーチェーン店でアルバイトとして働いていたことがある。私はひねくれた店員だった。コーヒーのサイズや、飲み物の温かさを訊ねた時、

「普通で。」

と答えられるのが大嫌いだった。そもそも4つしかサイズがないので、どれが真ん中かもわからない。そして”普通”の概念なんて人それぞれ違うじゃないかと、いら立っていた。猫舌の人にとっての普通は、熱い飲み物が好きな人の普通とは異なるではないかと。

私は子供の頃から、それは普通ではないという言葉に苦しめられてきた。しかし、それは他人にとっての普通ではない話であって、自身にとっては普通のことだった。

”普通”や”当たり前”という価値観は、その人のとっての普通であって、他人には普通ではない場合があろう。”普通”が持つ意味合いを一定以上の人と共感出来たらそれは、規範、世論、一般論、文化みたいなものになるんだと思う。

それは普通ではない普通にしなさいといった言葉で様々なことが片づけられたり、否定されたり、正当化されることが嫌いだった。

普通でいることや、同一化圧力が特に強い社会において、普通でないことはとても危険なことのように思えてしまう。例えば、高校で留学する際もそれは普通ではない。受験はどうする?そんな言葉で様々な人に反対された。けれども実は、普通ではない高校留学をしたことで色々と普通の社会において評価される結果も得ることが出来た。

そんなこんなで、”普通”、みんな同じという概念を長らく嫌ってきた。今でも、「普通だからこれをする」といった思考回路はない。普通に行動していなくても、”普通”な結果が得られるということがわかったからだ。

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では最近、なぜ普通が恋しいのか?

もちろん、スウェーデン人彼氏カントさん(仮名)についてです。前回も書きましたが、私の友人(日本人に限らず)全てが理解出来る共通の価値観(普通なこと)を彼は持っていないのです。

以前の記事にも書きましたが、私の(もしくは日本的な)価値観から判断するとあり得ないことも、彼にとっては普通なのです。しかも、彼のリベラル度はそこらの波大抵のスウェーデン人も驚くようなレベルだと思います。即ち、スウェーデンの普通も彼には当てはまらない様子。

彼が起こす行動に対して、私が苛立ったとします。その苛立ちの原因は、「それは普通ではない。」「そういうことはしてはいけない。」といったような感情がベースです。それについて説明してと言われても、そうだからとしか言いようがありません。感情で物事を判断するのは大変危険です。そういった意味で、論理的に感情を切り離して判断出来るカントさんは素晴らしいと思います。

しかし、それでも普通とされてきたことに疑問を投げかけられたり、その普通が共有出来ないことは本当に辛いのです。恋愛関係なら尚更。

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そんなこんなで、何だかんだ普通に苦しめられ、普通から恩恵を受けてきたんだなと最近実感しています。勿論、普通を疑うことの価値は非常に高いと思っています。それでも、私は疲れました。

以上

今後、私たちの恋愛について詳しく書いていきたいと思います。本日は抽象的な内容で終わります。

御機嫌よう。

 

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